4月18日
今年も無事桜の開花が宣言されましたね。
例年より10日ほど遅いのだとか。
ちょうど入学式や新学期を満開の桜と共に迎えられるタイミングでしょうか。
やはりこの時期には春にちなんだ曲がよく演奏されます。
特にヨーロッパでは、寒くて長い冬を終えてやっと訪れる春を喜びと共に迎えるようです。
だからクラシック音楽にはその溢れ出る嬉しさが表現された曲が多数あります。
どの曲もキラキラと輝く生命力を感じます。
日本の春の歌はもう少し穏やかで柔らかく感じるのは私だけでしょうか。
そして日本の春の歌は特に“さくら”がモチーフの曲がたくさんあります。
私は定期的に施設での訪問演奏をしているのですが、やはりこの時期は桜や春を連想させる曲を選びます。
先日はフルーティストの市山ゆうさんと2人でケアホームでの演奏会をさせていただきました。
施設訪問演奏では、大抵一緒に歌っていただけるような曲を数曲プログラムに入れます。
この日は「上を向いて歩こう」と「さくらさくら」にしました。
利用者様に一緒に歌っていただけるのは本当に嬉しいです。
彼らと一緒に歌う時、私はいつも私の祖母を想います。
私には大好きな祖母がいました。
彼女は6年前に地球を卒業してしまいましたが、私が生まれてから彼女が亡くなるまでの間私達は共に過ごしました。
彼女は戦争を乗り越え、フィアンセの戦死や兄弟の死を経験し、その後結婚をして両親の世話もし、離婚してからは職業婦人をしながら女手一つで1人娘を育て上げるという波瀾万丈な人生を送りました。
それにも関わらず、彼女の表情には悲惨さが全くなく、いつもおおらかで穏やかで愛情深く誰にでも親切に接しました。
彼女は彼女の人生についてネガティブなコメントは一度もしませんでした。
晩年の数年間は手助けが必要な状態でしたが、私と私の母が中心となり在宅介護の形で最期まで自宅で過ごしました。
最後の数年間、私と祖母は雨の日や極寒の日や酷暑の日以外はほぼ毎日散歩をしました。
後々散歩は歩きから車椅子に代わりましたが、車椅子の方が帰りの体力を心配せずに歩き回れるので行動範囲が広がりました。
彼女は花を愛でるのが好きでした。
彼女は長年この街に住んでいたため、どの時期にどこに行けばどんな花が見られるかを知っていました。
ちょうど今の時期、私と祖母はある桜並木を必ず訪れました。
そこは自宅から徒歩圏内で、もちろん有名な場所ではなくただの道でしたが、満開を迎えた桜並木は見事でした。
散歩中私達はお喋りをしたり、歌を歌ったりしました。
彼女の入浴中も私達はよく一緒に歌いました。
歌うのは大抵童謡でした。
中でも私達の(私の?)お気に入りは”証城寺の狸囃子”と”カモメの水平さん”でした。
春には春の歌をたくさん歌いました。
これは私にとってお守りのような感情すらわく大切な思い出です。
どの演奏も大切であることは当然ですが、特に施設演奏で利用者の方々と一緒に歌う時、私はより注意深くより心を込めて演奏します。
祖母が生きた証がこうやって私に影響を与えていることを感じる度に私は嬉しくなります。
日本では卒業や入学や入社や新年度など、新しいことが始まるのが春です。
春は出会いと別れの季節です。
祖母が旅立ったのも春でした。
それはちょうど桜が咲き終わる頃でした。
今年も、あの桜並木を訪れようと思います。